INSIGHT001
専有部から、建物を残す ― 継芯
2026.10.07
マンションの専有部を設計するとき、私が考えているのは「この部屋をどうつくるか」だけではない。この部屋の工事が建物全体にとって、そして次にここに住む人にとってどういう意味を持つか。継芯は、その考え方を確かめることができた物件だった。

専有部は、建物の一部である
自由であることの醍醐味と、その裏側
専有部は自由に手を入れられる。住む人の思想や設計者の考えを形にできることは、マンションリノベーションの醍醐味だと思う。
一方で、20年ほどこの業界にいて感じていることがある。
- 一つの専有部で改修が何度も重ねられ、躯体にダメージが蓄積している
- まだ使えるものも、個人の空間を実現するために全部新しくする
- どちらも管理規約の範囲内で、違法ではない
一つひとつは正しい判断でも、建物の保存や修繕という立場から見ると、積み重なって建物を傷めている。私はこれを「合成の誤謬」と呼んでいる。
専有部を触る側の責任
これから日本のマンションでは、建物をどう保存していくかが大きなテーマになる。専有部を触る私たちも、その意識を持って設計と工事をする必要がある。施主とも、この考え方を共有したい。その建物に住み、資産として持ち続けるなら、修繕の観点は避けて通れないからだ。
具体的には、次のことを大事にしている。
- 配管を更新する際、共用部側に不具合を見つけたら速やかに管理組合へ報告する
- 断熱性能が足りない場所は補う
- 見えなくなる隠蔽部は、整理してから閉じる
- 個人の感性を入れつつ、第三者が見ても美しいと思える公共性を持たせる
最後の項目は少し補足しておきたい。こだわった空間をつくるのは醍醐味で、腕を発揮したいところでもある。ただ、そのベースに「次に住む人が、あまり手を入れなくても住める」「自分の生活を落とし込みやすい」と思える美しさがあるかどうか。私はそれを公共性と呼んでいる。

建物を読み、設えを導く
新築の設計者が込めたものを汲み取る
継芯の建物は、斜面を開発して建てた大規模な集合住宅だ。チャレンジングな建物で、新築の設計者がかなりのエネルギーを注いだことが伝わってくる。普通の住宅というより、特殊な文化施設のような印象を受けた。
共用部は細かいところまでこだわったディテールでできている。だから、フルスケルトンで手を入れる専有部も、その共用部に失礼のないように設えることを大事にした。
木漏れ日を受け止める床
既存の状態で中に入ったとき、周りの新緑からの木漏れ日が床にきれいに落ちる空間だと感じた。おそらく新築の設計者も、そのことを意識していたのだと思う。
これを汲み取るために、床は白〜灰色の柄のないリノリウムにし、全居室と廊下まで同じ床材で統一した。木漏れ日をそのまま受け止める、器のような床という考え方だ。
築年数から素材を選ぶ
その床に、木の箱を添えている。素材を選ぶときに考えたのは建物の築年数だった。新建材を持ち込むより、昔から日本の住宅で使われてきたラワン材をベースにした。
- 新建材は「ずっときれい」を求めるぶん、時間が経つと劣化に見えてしまう
- 劣化に見えれば、次の所有者が入居時に更新してしまう
- ラワンやリノリウムのように、建物と一緒に馴染み、経年変化を楽しめる素材なら引き継がれやすい
この斜面の建築にとって適正な設えは何か。それを考えて選んだ素材だ。
弱点も、建物から読む
建物を読むことは、弱点を知ることでもある。改修では解体して初めてわかることが多いが、継芯の弱点は解体前から見えていた。土と緑が豊かなことの裏返しで、湿気を含んだ空気が室内に入りやすい。
- 断熱がほとんどされていなかった
- サッシ周りにカビが出ていた
- 断熱不足による結露とカビが散見された
ここには断熱材をしっかり充填し、窓周りの結露にも対策を打った。

束ねて、余白をつくる
機能を束ねる
プランをつくるとき、私がまず考えるのは、機能をどう集約して束ね、余白をどうつくるかだ。継芯では木の箱を入れ、次の機能をそこに集めた。
- トイレ
- 水回り
- 洗濯機のランドリースペース
- 個室と収納
束ねるのは見た目のためだけではない。束ねた部分に合理性を持たせている。
- 家事動線を短くする
- 水回りをまとめ、メンテナンスしやすくする
余白は、暮らしを想像するきっかけ
束ねた結果、残った場所が LDK、つまり余白になる。
美しい絵や景色、記念写真でも、余白の取り方に作者の美意識が表れる。私はプランニングでも同じだと考えている。ただし住宅では、余白が「余り」というネガティブな印象になってはいけない。
- 余白にどんな役割を与えるかは、施主との会話で決める
- 収納にしたい、ワークスペースにしたい、アトリエにしたい。人によって感覚がかなり違い、そこが面白い
- 最初から「ここは LDK」と決めるのではなく、束ねた結果として空いた場所に機能を与えていく
余白をつくることは、住む人の想像が生まれる最初のきっかけになる。
木の箱を、木の箱のまま見せる
木の箱には扉も収納も入る。機能はあるが、見た目はあくまで一つのマッシブな箱にしたかった。ノイズを減らすために、次のディテールに気をつけた。
- 扉は外から見たときに枠が見えない納まりにする
- 木目が箱全体でつながって見えるよう、職人と相談しながら板の配列を決める
- 見切り材を入れず、シームレスにつなぐ
- 建具は天井と同じ高さにして横のラインをつくらず、天井をフラットに見せる
新建材で箱をつくると、経年変化しなかったり枠が出てきたりする。それを避けるためのディテールでもある。

足すより、削る
要望は、まず全部受け止める
施主の要望は膨大なことが多い。私のスタンスは、基本的に「マイナスしていく」ことだ。
- まず要望を一旦すべて落とし込む
- 取捨選択してバランスをとり、減らしていくことを提案する
- それでも残したい場所が出てきたら、それがその人の本質的な要望なので、そこを研ぎ澄まし、深掘りする
最初の大きな塊から削ぎ落とし、残ったものをさらに鍛錬する。これが美しさのベースだと思っている。
継芯では、床にリノリウムを全面に貼り、素材を2つに絞った。装飾性を排除したマイナスのデザインがうまくいった空間で、個人的にも好きな空間になった。
性能も、足しすぎない
削るという考え方は、性能にも当てはまる。継芯では断熱を補ったが、すべての物件で性能向上を提案するわけではない。
- 築浅で、断熱が十分な建物もある
- 窓周りに気をつければ快適に暮らせるマンションもたくさんある
- 専有部の内側だけ性能を上げすぎても、建物全体とのバランスが悪い
オーダーがない限り、提案するのは、やらなければ躯体が劣化しやすく健康上もよくないと判断したときだ。意匠性を大事にしながら、そこに性能をどう溶け込ませるか。意匠・性能・コストのバランスは、施主と相談しながらとっている。
下げすぎないラインを見極める
物価や工事費が上がっているので、要素を減らすことにはコスト面の意味もある。ただ、金額だけで下げていくと、どこかでデザインが崩れるラインがある。
- 「これ以上は下げるのをやめましょう」
- 「ここは絶対に守りましょう」
こうしたやりとりの積み重ねが、空間づくりのいちばんのベースになる。どこまで削り、どこを残すか。美しさの本当のラインを見極めることを大事にしている。

次の住み手に、手渡す
施主と一緒に、第三者を想定する
継芯が特殊だったのは、設計中に施主自身も第三者のことを考えていた点だ。
- 市場ではどう評価されるか
- この建物に、どんな人が住みたいと思うか
個人の空間をつくりたいという思いと、市場に出したときの評価。この二つを打ち合わせの大事な論点にした。
結果として、約半年で新しい所有者に評価をいただいた。グッドデザイン賞でも、デザインとしての評価をいただいている。こうした建物に対する専有部のあり方を、一応は実証できたと考えている。
壊したくないと思わせる美しさ
私が考える美しさのゴールは、所有者が変わり、これから住もうとする人が「このまま住める」「壊したくない」「美しい」と思えることだ。
そう思わせることができれば、建物そのものを保全していこうという気持ちにもつながる。冒頭に書いた「合成の誤謬」に対して、専有部の側から返せる答えはここにあると思っている。
専有部からできる建物の保存の手法を、これからも磨き上げていきたい。
継芯は、その考え方を形にした物件だ。
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